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中国語学ぶのステップを活かして

あるいは、毎日毎日が子どもにふりまわされて、多忙でふらふらになっているのが実状だと言われる方もあるだろう。
私も、前に述べたことはひとつの理想像として提出したのであって、それがそのまま簡単に実行できるとは思っていない。
しかし、熱心に子どもに忠告したり教えたりする先生が、必ずしもよい教師とはかぎらないと知るだけでも、意義あることと思っている。
 教師として大切なことのひとつは。
自分の仕事に楽しさを見出すことである。
自分が楽しくもないのに、子どもに「のびのびと」などと言っても無理なのではなかろうか。
仕事を楽しくするためには、子どもたちをよくみること、それも暖かい目、長い目でみることである。
 子どもたちに対して、前に述べたようにすぐ手出しをするのではなく、暖かい目で見ていると、子どもたちが実に面白いことをしてくれることに気づくだろう。
そして、それぞれの子どもがどれほど輝いた顔をしているかにも気がつくに違いない。
 子どもを「長い目」でみるとは、判断をすぐに下さずに少し待っていることである。
先生が校庭に出かけてゆくと、いつもは一人で片隅で遊んでいる子が、先生の手をそっと握りにくる。
「先生にくっついてなどいないで、さあ元気に皆と遊びなさい」とすぐに言うのではなく、こんなときはしばらくそのままにしておくのである。
すると、その子は先生をそっと引っ張るのでそれに従って行く。
砂場の方にゆく。
別に何ということはない。
また子どもが先生を引っ張る。
何だか引き廻されているようだな、と思いつつもそのままにしていると、鉄棒のところに行き、ほかの子どもが鉄棒にぶらさがっているのをしばらく見ていたが、ふと先生の手を離すと自分もそのなかにはいり込んで行った。
 鉄棒にぶら下っているその子の嬉しそうな顔を見ると、先生の方も嬉しくなってくるが、そこではじめて、その子が今までの一人遊びをやめて、仲間のなかにはいってゆくときに、先生とのつながりを土台としてとびこんでゆこうとしたことがわかるのである。
「長い目」というとき、それは一年を通じての長い目ということもある。
変化の早い子もあれば遅い子もある。
教師は焦っては駄目である。
 私は子どもを育てる、というときに「植物」をイメージする。
太陽の熱と土とがあれば、植物はゆっくりと成長してゆく。
子どもを「機械」のように考えて、「こうすればこうなる」と、教師がそれをコントロールしようとすると、思いのままにならないことが出てきていやになるのではなかろうか。
植物の成長を楽しんで見るような態度を身につけると、楽しみが増えてくるように思われる。
 こんなことを書いて、幼児教育は楽しいことばかりなどと私は思っているわけではない。
どんな楽しいことでも、それが深いものであればあるだけ、苦しみによって裏打ちされているものである。
苦しまずに楽しみを得ようとする人は、ものをすべてタダで得ようとするようなものである。
 作家のE氏は、小説を書くというのは、「くるたのしい」仕事ですと言われた。
苦しみと楽しさがともにあるところに、その味の深さがある。
幼児教育も本気にやるかぎり、「くるたのしい」のではなかろうか。
 子どもを育てる、子どもが育つ、ということを教育の中心に据えることは実に難しいことである。
それはなぜだろうか。
その要因のひとつは、教師は「教える」側にまわっているかぎり、楽であり、安全でもあるからだ。
「これをしては駄目」、「もうちょっとこのようにしては」と子どものなかを走りまわっている先生の方が、いかにも先生らしく見えるのではなかろうか。
熱心な先生だと言われるかもしれない。
 これに対して、私が理想としてあげたような、「子どもが育つ」場を提供する教師は、極端な場合は「何もせずに怠けている」とさえ思われないだろうか。
こんなところもあって、教師の「教えたがり根性」はなかなか治らないのである。
 ある幼稚園の先生が、絵本をめくって見せながら、その本を読んできかせると、子どもたちが大変喜んだ。
テレビのアニメがある時代に、そんな古くさい紙芝居のようなことをしてと思う人もあろうが、実際にやってみられるとわかるが、子どもたちはこれを予想外に喜ぶのである。
機械と人との関係ではなく、生きた人間と人間の関係がそこに生じるから、すばらしいのである。
先生は絵本を読みながら子どもたちの顔を見て感激してしまった。
子どもたちの目が輝いているのである。
 あまりにすばらしい体験だったので、先生は保護者が園にやってきたときに、この絵本読みをすることにした。
先生は心中いささか得意であった。
子どもたちのあの目の輝きを親に見てほしいと思った。
ところが話がまさにクライマックスに達しようとしたとき、ある子が「オシッコ」と叫んだ。
先生はかまわずに続けようとしたが、その子はいつも落ち着きのない子で、もう立ちあがってしまい、その場でオシッコをしそうな様子である。
先生は仕方なくその子をトイレに連れてゆき、帰ってくると、子どもたちはワイワイガヤガヤとやっていて、絵本の続きどころではない。
何だか先生の面目は丸つぶれのようになってしまった。
 この話をして下さったその先生は、ともかく「オシッコ」と叫んだ子にはじめは腹が立って仕方がなかったと言われた。
しかし考えているうちに、ふと次のようなことに気がついた。
 先生はその日、お母さんたちに対して、自分の「絵本読み」がどんなにすばらしいかを見せようとして、やや得意になっていたため、それだけ子どもたちとの心の交流の度合いが薄くなっていた。
そんなときにそれに一番早く気づく子は、いわゆる不安定な子ども、つまり、人間関係に敏感な子なのである。
「オシッコ」と叫んだ子は、いつもの絵本を読んでくれる先生と違って、その日は自分と先生の関係がだんだん弱くなって、もう切れそうになると感じたのではなかろうか。
「オシッコ」と言うのは、先生と自分とが一対一の関係を結べるよい機会である。
その子は、そのようにしてまで先生との関係を結び直さないと不安でたまらなくなっていたのだと思われる。
このように考えてみると、先生は納得がいったのである。
「あの子に腹を立てるどころか、いいことを勉強させてもらったと感謝しなくてはなりません」とその先生は言われた。
子どもと教師の関係がどれほど大切で、微妙なものであるかを教えられたのである。
「育」を考える教師は、自らも育ってゆくのである。
文化のなかの教育授業の研究をするのに、一日本文化などということまで考える必要はない、と思う人は多いであろう。
しかし、国際化ということが日本人にとっての非常に重要な課題であり、したがって教育においてもそのことを常に考えねばならない今日においては、この点を無視するわけにはいかない。
M県Y市のI先生が、五年生のクラスでされた「文字の根っこ」の授業のビデオを見る機会があった。
それは、漢字の起源について生徒たちに考えさせる授業であった。
そのときに教師と生徒の関係で、日本文化という点で考えさせられるところが多かったので、そのことについて少し考えてみることにした。

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